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三重大学工学部同窓会. Powered by Blogger.
2018年12月28日金曜日


三重大学工学部同窓会では、若手研究者への研究支援と学生の修学支援に与するため、2017年度から4つの支援活動を実施しています。そのうちの【研究費支援】について報告します。
第2回となる2018年度の研究費支援の対象となるエントリーされた「研究テーマ推進計画書」を事前評価(80点)し、12月26日の公開審査でのプレゼンテーション評価(20点)を合わせ、支援テーマを決定しました。
本支援活動を通じて、科学技術の分野に携わって積極的に物事を解決することのできる、広い視野と高度な専門知識や指導力を持つ人材が育ち、世界に通用するが研究者や技術者が輩出されることに少しでも寄与できればと思います。



≪第2回・研究費支援 20181227日公開コンペ結果≫

◎研究費支援テーマ(100万円)


             紙製マイクロ流体デバイスと色解析を利用した水試料の簡易分析法の開発




             417D003 古川 真衣




◎同窓会長特別賞(50万円)


               音声データからの自動的に単語を抽出するニューラルネットワーク」

              417D052 森田 賢太




なお、上記研究費100万円及び50万円の使途は、三重大学委任経理金の規定に則る。今回の採択者両名は学生のため、指導教員に奨学寄付金として受け渡しを実施します。
















2018年12月12日水曜日


 関東地区OB忘年会は、1期生卒業の2年後、昭和50年(1975)に関東在の1期卒業生が初めて結婚し(相手は教育学部卒)有志でお披露目会をしたことがきっかけです。
 その後、皆さんの環境が変わり中止や再開を繰し、1期生だけでなく、全ての工学部卒業生を対象に発展・拡大してきました。
 今回は、18名の参加を得て、交通の便を考慮した東京駅の目の前で忘年会を開催しました。
 昨年度は、諸般の事情で中止したこともあり、皆さん3時間では足りない様子で語らい有意義な時間を過ごしました。
 席上、同窓会の現状、活動状況等を簡単に説明しましたが、次回はも少し詳細に聞きたいとの声もありました。ただ、70代に手の届く1期生が多かったせいか、話題は孫の話、年金・生命保険や病気の話が多く聞こえてきたような気がします。
 また、その後飲み足りなくて、2次会へと流ループ、、別れ難くカラオケに繰り出すグループ等々があり、皆さん各々充実した時間を過ごされたと思います。

 来年度も開催に賛同者多数で、日時も、12/14(土)(第2土曜日)と設定し
再会を約束し、解散しました。








 
2018年12月4日火曜日


実験的アプローチによる材料設計
                               期間:2018/10/29()2018/11/27()


 概要:本留学では、インドネシアで最も優れた理工系大学と評されるバンドン工科大学(Institut Teknologi Bandung : ITB)を訪れました(1)。約1か月間、自然科学部物理専攻フォトニクス研究室に所属し、表面プラズモン共鳴に関する実験を行いました。三重大学では理論計算研究を専門に行っているため実験を行うのは初めての経験でした。普段理論設計している金属薄膜を実際にスパッタリングにより作成したり(2)、作成した薄膜の物性を表面プラズモン共鳴によって計測したり、最後に研究成果を発表して議論を行ったり(3)、非常に貴重で興味深い経験を積みました。

また、現地の学生と深く交流を持ち、彼らと夕食を共にしたり、旅行に行ったり、物理に関すること以外の話題についても異なる視点からの意見を聞くことが出来たことも忘れられない思い出です(4)。帰国後も彼らと連絡を取り続けており、異なるバックグラウンドを持ち異なる価値観を持つ友人を数多く作れたことも、本留学での最も大きな成果の一つであると言えます。
この1か月は、私の価値観を大きく変え、私の世界を広げる出来事で溢れる1か月でした。この素晴らしい貴重な経験を糧に、これからも広い視野を持ち続け、いずれ世界で活躍できる人材になるという決意を忘れることなく、これからも精進して参ります。
最後になりましたが、このような貴重な機会を与えてくださった三重大学工学部同窓会グローバル人材育成プロジェクトの皆様、また、私を温かく迎えてくださったインドネシアの皆様に感謝と御礼を申し上げます。





2018年10月29日月曜日
1期生は、中部、関東と地区毎に忘年会を開催していましたが、同窓会設立40周年を契機に、電気・機械一緒に同期会を不定期に開催してきました。
 本年(2018年)は、伊良湖岬に1泊して同期会を行いました。今回は,宴会だけでなく、ゴルフ、釣り、観光とアクティビティも準備して出席者の増員を図りました。結果は21名の方々の参加を得て盛況のうちに
終了し、名残を惜しみながら、来年の再会を期して解散となりました。
 1日目(10/24)は、夕食と懇親会その後全員参加してのカラオケ2次会でした。夕食時には、プロジェクターを利用して、成瀬君による同窓会HP・活動の紹介、研究・補助事業の説明さらにコミュニティサイト”あの津から”への参加呼びかけ等をおこないました。
 1期生は、電気36名、機械29名のうち4名が鬼籍に入っています。夕食前には、1分間の黙祷を行い、4名の方々を偲びました。
 2日目(10/25)は、ゴルフ、釣り、観光と各Grに別れてそれぞれ和気藹々と1日をすごしました。 ゴルフは強風にも負けず全員元気にホールアウトし、釣りでは荒れた海にも関わらず、50cm超の大物鯛をビギナー参加者が最初につり上げる等大漁、そして観光では伊良湖半島の有名処を巡り、途中、アサギマダラに遭遇する貴重な機会もありました。
 来年もまたクラス役員を中心に同期会を計画したいと思っています

  





 

















2018年10月25日木曜日


 電気二期では10年ほど前から1~2年に一度一泊でクラス会を開いています。昨年は故新美君を偲んで岐阜の下呂温泉で実施し、一昨年は三木君のふるさと姫路で、その前は知多半島の先端に浮かぶ日間賀島の民宿で行いました。同窓会設立40周年記念時には榊原温泉で実施しています。三重県を中心とした東海、近畿で毎回行っていましたが、今回は初めて関東での実施、小田原駅で2日間フリーキップを購入し、スイッチバックの電車、ケーブルカー、ロープウェイ、海賊船に乗り、大涌谷では7年寿命が延びると言われている温泉黒たまごを食べ、童心に帰って時間を過ごしました。二日目は旧東海道の石畳を歩きましたが歴史の重さと自然の雄大さを感じながら箱根の山越えを体験しました。バスで箱根駅伝のコースを戻り、風祭駅近くの鈴廣かまぼこ博物館ではかまぼこの製造工程を見学し本店でお土産を購入して小田原に戻り昼頃に解散しました。有志で昼食を取った後小田原城を見学し、遠方の方は熊本への帰路につきました。電気二期の卒業生は42名在籍し、内2名は既に故人になっており、3名の方とは未だに連絡が取れていません。27名の方とはEメールで連絡可能で、残り10名の方ははがきか電話での連絡となっておりクラス会には毎回12~15名の方が参加されています。平均寿命が80歳を超え、平均健康寿命が71歳と言われていますが退職後の第二の人生をより豊かにする引き出しの一つとして今後もクラス会を行っていきます。クラス会に今まで参加したことが無い方も気軽に参加してください。又Eメールをお持ちの方で登録をされていない方も是非連絡をお待ちしています。

2018年9月20日木曜日

2018年9月16日日曜日

 今回、を卒業後初めて行いました。川口 元一先生、吉野 誠司先生にも出席いただき

、13/37名の卒業生の出席で、湯の山温泉の「希望荘」にて9/15~16にて行いました。

卒業後初めてで43年ぶりの方々、先日の深圳ツアーに同行した方、東は横浜市、西は宝塚市、北は長野市から色々でした。

皆さん、60歳を超え、定年退職を迎えた方々が殆どですが、益々元気で、

時空の隔たりを超え昔話、近況報告、今後のクラス会の開催について等にて多いに盛り上がりました。

写真は、集合写真と宴会中の川口先生の最終講義「私の4/5代記」で盛り上がっている所です。

次回は、次回は、彦根方面で決定しました。
2018年9月13日木曜日

目的・・20189月に工学部同窓会主催の「最新IT体験&視察ツアーin深セン」に参加させていただいた。大学卒業後に電子機器製造業に就職したため、深センの名前は昔から「電子部品と電子機器の巨大製造工場(iPhonePlayStationなどを作るフォックスコン(鴻海)の巨大工場もある)」として聞いていただが、最近は電子部品に加え、最新のドローン、人工知能(AI)、ロボット、開発型企業、の話をテレビや新聞で目にすることが増えていた。年間売上4兆円のアリババを生み、ドローン業界で世界市場の80%以上を占めると言われているDJI社を作った町、新シリコンバレーと呼ばれている都市、それらを支えた技術者、支える環境を見たかった。これらのことから深センの電子業界は今どうなっているのか知りたい、絶対に行きたい、と思っていた。

 結果と内容・・深センは、50年前の日本がそうであったような、アイデアと活気と挑戦心を持つ若者(または青年、年齢に関係なく)にチャンスを容易に与えてくれる、まさに新電子立国、あるいはアジアの新シリコンバレーだった。
 本家シリコンバレー(米国、カリフォルニア)はアイデアを持つ人間にいまでもチャンスを与えてくれるが、最近ではその将来性として売り上げ数億円を期待できないと投資してもらえないらしいが、新シリコンバレーの深センでは売上が1千万円程度でもチャンスをくれる、と言われている。だから挑戦者、若い起業家が絶えない。
 深センは香港に接する人口約1500万人(現地ガイドは昼間の人口は2000万人と言う)の都市で、約20万人の漁村だったがここを1980年に鄧小平氏が中国初の経済特区として開発した極めて新しい都市だ(ちなみに1980年は私が三重大学を卒業した年だったのでなにか不思議なつながりを感じた)。このため町は区画整理されており、新しい家、ビルしかなく、極めて清潔で、安全な街の印象だ。



初日に日本向けの高品質の電子機器を小ロット(1000台から)で製作する「ジャネシス社」(上の写真)を訪問させてもらった。中国工場のイメージひっくり返す衝撃的な会社だった。作業場はクリーンで、静電気もチリも制御され、小型ロボットが作業者の隣で稼働しており、高品質の製品を作る環境であると納得できた。さらに技術担当者の「高須正和さん」(業界では有名人と後で知った。グーグルで検索すると多くヒットする。この人のプレゼンを手配してくれた今回のツアー企画責任者に感謝)は「目からウロコ」の話で秀逸だった。まとめると以下のような内容だった(食事時に直接お聞きした内容を含む)。
<深センについて>
1.携帯電話、PC、ロボット、などあらゆる製品の中間部品(中身の部品実装済み基板だけという意味。たとえばiPhoneのスピーカーモジュール、別の製品のCPUボード、Bluetoothモジュール、LiNH充電モジュールなど。中古、ジャンク品含む)が電気街の部品屋に多く放出されているので、新製品を見れば、1週間程度でオリジナルに近いコピーが作れる。新機能を加えれば売れる新製品が簡単にできてしまう。
2.アイデアがあれば、高度な電子機器の試作品を安価に1週間で作れる。重要なケースも無数の既製品のケースだけが販売されているので、立派な製品が作れる。だから起業家が世界中から集まってくる。ちなみに約50%は欧米人とのこと。本家シリコンバレーではなく深センで起業するアメリカ人が増えているとのこと。
3.無数の作業場(工作室)付き賃貸オフィスがあり、3Dプリンタ、レーザーカッター装置を自由に使えてデスク1つならおおむね月2万円で借りられるので、試作が簡単に作れる。
4.無数の大規模、小規模の投資家(ベンチャーキャピタル)がおり、アイデアを見せれば製品化までサポートしてくれる。上記の作業場付き賃貸オフィスのオーナーは彼らの上場時の利益分配を期待して投資もしてくれるらしい。
<中国企業との取引について>
1.  品質は工場ごとに決まっている。故障率10%以上から1%以下まで選べる。製造単価が安いという理由で不良率の高い工場に依頼したあとに、「将来的にあなたのためだから品質を改善しろ」というのは日本的な考えで、通用しない。言ってはいけない。故障率10%ですでに巨大な利益を得ており、またこれを許す市場が世界にある。→これは「目からウロコ」話だった。
2.  値切ってはいけない。
3.  性悪説で考える。
4.  要求を押し付けない、など。
 
   


待ち望んでいた大電気街「華強北(ファーチャンペイ)」に行った(上の写真)。80m以上の広い道路の両側に大きなデパートのようなビルが並ぶ、日本の東京・銀座のような街だ。
日曜日はその東京・銀座と同様に歩行者天国になっていた。しかし、見えているデパートはすべて電気・電子部品や、PC・カメラを含む電子機器、だけを売る間口2m程度の小さな店舗が各フロアに数百店舗入る、電子部品のデパートだ。
 上記の写真のビルの6階から8階まで、すべての小さな店舗がLEDや、LEDテープ、を販売していた。つまり数百店舗が同じフロアでLEDを売っている。常識では考えられない。店舗の拡大写真では、間口2m程度の店舗で男性店主が対応しているのがわかる。チップ抵抗を巻いたリールが並んでいる店舗もある。東京・秋葉原や大阪・日本橋の電気街では見たことがない景色だ。
 ここに携帯電話やそのほか多くの電子機器の中間部品(中身の部品実装済み基板だけという意味)を販売している店舗が無数にあるため、基本的な構成を考えて、集めれば、それなりの製品がすぐにできそうだ。デパートの1階には加工済みケースを1個から販売するケース屋もあるので、最後にケースを買ってそれに実装すれば試作1台目は完了するかもしれない。
 ドローンの世界市場80%を持つと言われるDJI社を生んだ町でもありドローンの販売店舗も多く、カメラ・ビデオ付きで使えそうな小型ドローンが豊富に売られている。確認用にビデオカメラ付き超小型ドローン(コントローラ付き)を110中国元(約1800円)で1台購入した(下の写真)。2.4GWiFi内蔵なのでiPhoneだけで制御できるが、もちろん日本の技術基準適合認定(技適)を取得していないので日本では使えない。回路的にかなり高度なので、その開発費用と製作費用、部品原価を考えると、とても1800円程度では販売できないと常識では考える。が、深センでは可能なのだ。

 作業場付き賃貸オフィスを訪問した(下の写真。机一つが1人の事務所スペース)。机1つを借りると作業場と設置された工具(3Dプリンタなど)が自由に使え、さらに共有のミーティングルーム、飲食スペース、無人販売の食品スペースが使える。隣の机は別の会社、ということだ。大部屋にさまざまな起業家、会社(おおむね1人会社)が入って、さまざまな新装置を開発している。1ヵ月2万円くらいから借りられるらしい。日本にもファブラボなど会員製の工房が増えてきているが、占有できる事務机付きの工房は聞いたことがない(少なくとも私は知らない)。極めてうらやましい。

 日本のテレビニュースや新聞でも話題になった無人のコンビニを訪問した(下のガラス張りのコンテナのような店舗写真)。ご存知の人は多いと思うが中国では多くの店舗(露天でも)支払いは電子化されており、現金をほとんど使わない。商品に張り付けられたQRコードを読み取り、表示された金額をクリックして認めれば支払いが完了する仕組みだ。このサービスを提供する会社は2社あり、多くの人がその支払いのためにAliPay(アリペイ)かWePay(ウイペイ)のいずれかのスマホ用アプリを使用している。ちなみに前者はAlibaba(アリババ)が運営、後者は日本のLine(ライン)に相当するWeChat(ウイチャット)を提供する会社が運営している。
 この無人コンビニでは商品を購入する以前に、まず建屋に入るためにいずれかのアプリでQRコードを読み取る必要がある。残念ながらいずれのアプリも支払方法として中国国内の使用者の銀行口座に連動させており、いずれも自分のiPhoneにインストールできたが、結局アプリは使用できなかった。したがって、ガイドさんに数人ずついっしょに入室させてもらい、体験できた。見学しているときにも若い女性が入ってきてドリンクとお菓子を買って出て行った。簡単に終了する。ただし、セキュリティーが厳しく、入り口も出口も2ドアとなっており、1つめのドアを閉めないと2つめのドアは開かない仕組みだ。出る時も持っているものを計測カウンターに置き、正しく認識させないと出口の扉は開かない。24時間営業している、ということだが、システムの信頼性、安全性、にちょっと不安が残る。単価が安い商品だけの販売で、そもそも利益が出るのだろうか。

 その後、アリババ本社ビルなど多くの新興企業の巨大な自社ビル(いずれも数十階建てで想像を絶する)を見るなど、23日の深センツアーを駆け足で終えた。さまざまな「目からウロコ」の情報を知り、また貴重な体験をすることができ、きわめて有意義な3日間だった。深センの起業家の熱いエネルギーを実感した3日間だった。帰国してからは「なんとか深センにオフィスを借りて起業できないか」と考えて、作業工房付き賃貸オフィスのWEBを見ている毎日です(夢)。

 このような機会を提供してくれた工学部同窓会会長、柿崎さん、また、今回の視察ツアーのさまざまな手配、準備をしていただいた森川さん、また現地ガイドさん、に深く感謝いたします。ぜひ、定期的にこのような視察ツアーを開催していただけることを強く期待、希望します。
 今回は学生の参加はありませんでしたが、「若いころに訪問していれば人生が変わっただろう」と思わせるツアーだったので、ぜひ、次回は参加されることを強くお勧めします。何年後かに「今年は三重大学の学生3人が華強北(ファーチャンペイ)で賃貸オフィスを借りて、起業してますよ」、という話を聞きたいものです。

ありがとうございました。

2018年9月12日水曜日


■180907~8 「ITツアー感想記」
 
三重大学工学部の柿崎賢一同窓会長の発案で2018年9月7日~9日に、三重大学工学部の卒業生を始め関係者を組織し「最新IT体験&視察ツアーin深圳」が挙行された。私も三重大学工学部のOBとして北京から現地参加した。
 
今の世の中、IT無くして生活・産業を語れないほどあらゆる分野にITが浸透してきている。その発展のスピードも目を見張るものがある。
 
今回私が参加を申し込んだ理由は二つあった。かねてから近年の深圳の発展ぶりを耳にしており機会を見つけて一度現状をこの目で見たいと思っていた矢先のタイミングのいいツアーの誘いであったということ、もう一つの参加理由は、三重大工学部の卒業生との交流が図れるいいチャンスということだった。
 
久しぶりに深圳に行ったが、以前に行った時の深圳のイメージと今回のそれは全く別物のように変わっていたことに大きなショックを受けた。今回訪問したIT会社二か所のプレゼンテーションを受けたが、深圳という都市が「中国のシリコンバレー」と言われる理由がよく判った。限られた時間の今回の訪問であったがこの街の変貌ぶりとパワフルな現況をあらためて認識ができ本当に有意義なツアーだったと私自身はその成果を喜んでいる。
 
また、「先輩は頼るもの、同輩とは助け合うもの、後輩には面倒見るもの」という考え方を持つ私としては、今回のツアーを通じてこれまで面識の無かった三重大の後輩と出会い、同窓の輪がまた少し広がったことは自分としてのもう一つの大きな成果だった。しかし残念だったことは、参加数をみてこのツアーを有意義なチャンスと思った人が少なかったことだ。
 
これからも三重大学工学部同窓会で同様のイベント開催を強化していくとのことなので今後を期待したい。
 
越智博通(中国・陸通印刷グループ董事長)
三重大学工学部電気工学科第一期(S48)卒業

2018年9月7日金曜日

2018年7月11日水曜日

電気工学科5期 中部(地区)の同窓会 2018/4/7開催

今年は新年度最初の土曜日47日に、電気工学科5期中部の同窓会が、時間通り全員が集合、お決まりの挨拶「皆さん、今年も1年間ご無事でなりよりです。乾杯」で始まりました。
今年で同窓会は5年連続の開催になりました。
今年の会場は、名古屋駅前の名古屋ビルディングB1F「柿安本店」。毎回会場は変えるも、時間はランチタイムでおこなっています。なぜランチタイムかは、あとで説明しますが、ランチを食べながら、去年1年間に起こったことの簡単な紹介等を、みんなが自由にわいわいと話すフリートークが同窓会の主なイベントです。
今年は、たまたま2人方が初参加されたので、改めて全員が現状の自己報告を行いましたが、その他の話としては、今年は特にタケノコの当たり年で、たくさんとれるのでタケノコ掘りが大変だという話があちこちで話されていました。
 ランチタイムなので、時間が来るとお店の方から「そろそろお時間です」との案内が来ます。それを合図にお互い元気な様子を確認し合い、「それではまた来年まで、元気でね。」と散会になり今年の同窓会も終了しました。
中部の同窓会は、サラリーマン生活も終わりが見え始めたころ、「又同窓会やらない」との年賀状をきっかけに(卒業当初、しばらく同窓会をやっていました)59歳の時に再開したものです。できるだけ多くの人が参加できる様にというコンセプト「参加に負担が少ない同窓会」を目指しました。
具体的には、少々遠くからでも来られる開催日時と場所、時間と費用はほどほど、参加に面倒な準備が不要、という条件を満たす、休日の、お昼に、名古屋駅付近、ほどほどのお値段での開催としました。
それ以後参加人数の減少もなく、冒頭でも述べましたよう、5年連続開催になっています。
数年前からは、参加者の中には、不思議と女性も参加されています。電気工学科5期には女子学生などいなかったような気がしますが・・・まあ細かいことは問わず楽しく、気楽に開催しています。
ちなみに5年が経ち、参加者13人の内、毎日が日曜日の人の割合(日曜日率)6人/13=46%50%に近づいてきました。0%から始まったこの日曜日率が100%に向かうのは必至。50%近くになり、そろそろ新しいコンセプト、新しい具体策の同窓会の検討が必要になってきたと考えています。
最後になりますが、例年同窓会の開催日の日程調整は2月頃に始まります。もし参加できる方があれば、電気5期のクラス幹事である西井さんか、三重大学教授の松岡先生に連絡してください。


2018年7月8日日曜日
思い出のアルバム

平成30630日に故富田宏三重大学名誉教授を偲ぶ会が名古屋キャッスルプラザホテルで行われました。
先生は昨年平成291115日にご逝去され、近親者のみで葬儀が執り行われました。
享年94歳でした。富田研究室に関係が深かった大下昭憲三重大学名誉教授と吉野誠司先生から「富田先生を偲ぶ会」を是非開きたいという話が持ち上がり、大下先生が発起人、吉野先生が委員長として工学部電気工学科富田研卒業生を中心に参加を呼び掛けたところ1期生から18期生にまたがる50名近い卒業生が集まりました。富田先生のご子息の和之さん、直子さん、そして川口元一先生も駆けつけていただきました。
 富田先生は大正13年10月15日台湾に生まれ,昭和21年9月名古屋帝国大学工学部電気工学科を卒業され,同46年4月三重大学教授工学部に着任,同63年3月31日停年により退職されました。先生は工学部創設当初の教育研究体制不充分な時期であった昭和48年9月から4年間とその後の拡充期にあたる同58年9月から2年間の通算6年間工学部長を歴任され,機械材料工学科,電子工学科,資源化学科,大学院建築学専攻及び共通講座設置に尽力し,同学部の充実発展に大きく貢献されました。
 偲ぶ会に参加された卒業生47名中、特に1期生は6名、2期生は4名、3期生は6名、4期生は8名と約半分が工学部創設初期に学んだ方々でした。遠くは中国・北京から、また熊本や埼玉からも久しぶりに再会した仲間や川口先生、吉野先生と昔話に花が咲き、またそれより若い卒業生は大下先生と久しぶりの懇親ができました。先生を偲んで和やかで楽しいひと時で時間があっという間に過ぎてしまいました。皆さん口々に「この会を企画していただき感謝します」とおっしゃってみえました。これもひとえに生前我々が接していたころの富田先生のあの優しい笑顔やその穏やかなふるまいがみんなを引き寄せたのでしょう。
 全員で写真撮影を行った後同年代のクラスのメンバーで2次会、3次会、一期生は4次会まで繰り出したそうです。この偲ぶ会を機会により一層クラスや先輩後輩のきづなを深めていっていただければ富田先生も天国できっと喜んでみえると思います。
 これを機会に参加者に工学部同窓会へのご協力も柿崎同窓会長から依頼しました。数名の参加者が幹事になっていただけるとの嬉しい返事をいただきました。本当にありがとうございます。工学部同窓会では同窓会活動を活発化させるため昨年から10人以上のクラス会や同窓会、もしくは今回のような卒業生が集まる場合一人当たり2000円の補助をしています。今回は全額使わず、余った残金を同窓会に寄付しました。
 最後になりましたが、富田先生を偲ぶ会の開催にあたり準備等でお世話になりました大下先生、吉野先生に心から感謝申し上げます。