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三重大学工学部同窓会. Powered by Blogger.
2018年7月7日土曜日

 同人は,大正13年10月15日台湾に生まれ,昭和21年9月名古屋帝国大学工学部電気工学科を卒業し,同年10月から名古屋帝国大学工学部に於いて磁性材料に関する研究に従事し,名古屋大学技術雇,同大学研究補助員を経て,同25年4月文部教官に任命された。同28年4月同大学助手(工学部)に配置換となり,同29年8月静岡大学助教授工学部に昇任し,同39年10月山梨大学助教授工学部に配置換となり,同43年7月モンペリエ大学理学博士の学位を授与された。同46年3月同大学教授工学部に昇任し,同年4月三重大学教授工学部に着任し,同63年3月31日停年により退職し,今日に至っている。
この間,同人は,永年にわたって,電気電子工学の分野における教育,研究に献身的に努め,幾多の有為な人材を育成し,世に輩出した。同人の研究は,超高圧電子顕微鏡・走査型電子顕微鏡・走査型X線マイクロアナライザー等の各種電子線機器の開発研究,イオン衝撃型表面電子顕微鏡および低速電子線回折による表面の研究,電子線のコヒーレンス
・電子干渉顕微鏡・電子線ホログラフィーの研究など電子光学全般に関するものである。
同人は,特に,日本における電子顕微鏡学の先駆的な研究者の一人として,超高圧電子顕微鏡・走査型電子顕微鏡の開発に打ち込み,我が国の電子顕微鏡技術が現在世界をリードする地位を確立するに至るために,大きく貢献した。電子顕微鏡は,現在,ミクロな領域の極めて有力な観測・計測・評価手段として,工学・医学・生物学等を初めとする諸科学及び産業のあらゆる分野において不可欠な科学機器となり、社会に寄与するところ大であるが,同人の電子顕微鏡技術発展への寄与は極めて大きいものがある。
同人は,更に研究面において,電子線バイプリズム干渉装置をビームスプリッターとするオフアクシス電子線ホログラフィー法を開発した。現在,電子線ホログラフィー法は電子線の干渉現象を利用した超高感度計測法として科学から産業にわたる広い分野で極めて有効に利用できるようになったが,その技術の発展に同人の考案した手法が大きく貢献し,その業績は国際的に高く評価されている。また,電子線の干渉性を定量的に評価する方法を開発し,平成元年5月に日本電子顕微鏡学会論文賞を受賞している。
同人は,これらの研究の多くを産業界と協同で行うことにより多大の成果を挙げており,今日の産学協同研究の先駆的役割も果してきた。
また,大学の管理運営面においては,三重大学工学部長,同附属図書館長,同評議員,同学生部委員会委員,同公務員宿舎入居者選考委員会委員,同広報委員会委員,同附属図書館運営委員会委員等の要職を歴任し,大学運営の枢機に参画した。特に工学部創設当初の教育研究体制不充分な時期であった昭和48年9月から4年間とその後の拡充期にあたる同58年9月から2年間の通算6年間工学部長を歴任し,機械材料工学科,電子工学科,資源化学科,大学院建築学専攻及び共通講座設置に尽力し,同学部の充実発展に大きく貢献した。更に長年にわたり評議員として本学の運営に尽力し,特に全国的な学園紛争時,本学の機能も一時は麻痺状態となり,教育は勿論のこと研究体制作りさえも多大の影響を受けたが,同人は,紛争の収拾に身体を張って対処するなど,学内の正常化に献身的に努めた。加えて昭和55年4月から2年間は本学附属図書館長として図書館の充実並びに人文学部創設に伴う一般教育体制の確立に尽力するなど,三重大学の発展に貢献したその功績は多大なものがある。
学外にあっては,日本電子顕微鏡学会評議員,同学会関東支部評議員,同学会関西支部評議員,電気学会東海支部評議員等を歴任し,学会の発展に大きく寄与した。更には三重県公害対策審議会委員,四日市市公害対策審議会委員として,学識経験者の立場から自己のもつ学識を十分活用し,地域行政の面でも幅広く貢献した。
以上のように,同人は,教育者として,また,研究者として高等教育の発展と我が国学術の進歩,更には関係諸学会,地域社会の発展に多大の貢献をしたものであり,その功績は,まことに顕著である。

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